マリー・アントワネットに別れをつげて

LES ADIEUX A LA REINE/FAREWELL,MY QUEEN(2011年作品)
監督:ブノワ・ジャコー
原作:シャンタル・トマ 『王妃に別れをつげて』(白水社刊)
出演:レア・セドゥ(シドニー・ラボルド役)、ダイアン・クルーガー(マリー・アントワネット役)、ヴィルジニー・ルドワイヤン(ガブリエル・ド・ポリニャック夫人役)、グザヴィエ・ボーヴォワ(ルイ16世役)、ノエミ・ルボフスキー(カンパン夫人役)


2012年12月前半のトップページ紹介で取り上げた作品。結構、期待していた作品ではあったが、これもまた実際に観たら予想とは違う展開にややがっかり。私としては、アントワネットにポリニャック夫人の身代わりになって、と頼まれたヒロインのシドニーの苦悩と選択、そしてその後が観たかったのだが、内容はそうではなかった。原作を先に読んでおくべきだったと、こうした原作があっての映画化の場合、よくそう感じるのだが、この作品も同様であった。

シドニーはおそらく孤児なのか、家族や友人についての説明や話はない。それを裏付けるように侍女仲間の1人が結婚するという話の時に、自分だけその話の輪に入っていないシーンがある。結婚するその侍女はシドニーに「あなたは自分の話を誰にも何も話さない。だからよ」的なことを言う。どこから来たのか、ここに腰を落ち着けるのか、それともまたどこかに(どこへ)行くのか、家族はどこでどうしているのか、友達はいるのか、その友達は何をしているのか、そして何を考え、どんな風に感じているのか、どうしたいのか。

そうした全てを秘密にして、ただ黙々とアントワネットの朗読係という仕事をこなすだけ。本が読めるのだから、ある程度の知識や学問のいろははわかっている当時の平民にしては優秀な人材であることは誰もが想像できる。その上、刺繍の腕前はかなりであることが物語が進む中でわかる。もしかしてスパイ?と思えてくるような女性なのだ。

謎めいた部分は大いにあるのだが、ストーリーの展開はフランス革命という激動の時期のスパイ合戦やアクションものではないので、謎は謎のままである。シドニーがアントワネットに強烈に(狂信的に)惹かれているのも何故なのかは説明はない。

自分とは違う世界に住む、わがままで自分勝手だが、この世のものとは思えぬほど美しく洗練されていて気品溢れ、当然のことながら、高貴なる血筋の、歴史の流れの中で偉大なる足跡を残すであろう若き王妃。豪華な宮殿とそこを埋め尽くしている普通の人々とは無縁の高価な品々、ドレス、食事、優しい(つまり言いなりとも言えるような)夫=王と可愛い子供達。どんな無理難題を発しても自分に逆らう人はいないし、注意する家来もいない。人が持っていないものを全部持っているからこそ、惹かれる。それはわかるとしても、それなりに理性を持ち合わせているであろうシドニーの言動は理解に苦しむ。それが憧れを通り越して恋い焦がれる感情に支配された盲目的愛情というものであろうか?

シドニーはアントワネットの要求を受け入れ、ポリニャク夫人の身代わりとなり、当のポリニャック夫人は侍女に身をやつして馬車でパリからの逃亡を試みたところで映画は終わった。歴史上の人物であるポリニャック夫人がその後どうなったかは周知のことだが、この選択をしたシドニーがどうなったのかは興味が沸くところだ。そこで物語を終わらせた監督は、それが狙いだったのかなあ、とも思う。

この手のストーリーにありがちな歴史の翻弄された女性、という型にははまらないシドニーではあるが(いや、ある意味そうでもあるのか。だが、私は侍女仲間とのさまざまな会話の中に別の選択の道もある、と思えた。シドニーはそれをあえて選ばなかったのだ、と思う)、共感は得られない。ある意味、アウトローな生き方をする彼女に穏やかで平和な人生があるのかは甚だ疑問であるが、その生き方が不幸であるかどうかはまた別の問題だ。

おそらく強靱な意志の持ち主であり、強固な信念を持っているのであろうシドニーには他人が寄せる心配や不安などは不要なのかもしれない。かなり個性的な女性とも言えますね! 強い女性は憧れではあるけれど、とても私にはなれそうもないし、やっぱり彼女を好きになれそうもない。

このシドニーを演じたのはレア・セドゥ。美人ではないけれど、意志の強さを感じる女優なので、合っていたと思う。でも、それ以上に私が意外にもぴったりだと思ったのは、アントワネットを演じたダイアン・クルーガー。彼女は「アンノウン」(当サイトで紹介)と「ナショナル・トレジャー」で観たきりだが(「敬愛なるベートーヴェン」をずっと観たいと思っているが、まだ観てない)、歴史上で有名なアントワネット役はどうなのか、と思っていたら、私は特別な美人とも思っていなかったクルーガーだけど、このアントワネット役は、はまり役と思えるほどぴったりで(私のイメージに合ってた)美しくて、正直ため息ものだった。好きな女優の一人になりそう。まだ観ていない彼女の作品がたくさんあるので楽しみでもあるなあ。そして、おそらく多くの人がアントワネットが何故あんなにも寵愛を注いだのかと疑問に思っている一般人はそれほど魅力的にも感じないポリニャック夫人にヴィルジニー・ルドワイヤン。彼女も期待を裏切らずに夫人役を演じていて、そこは安心して観られた。

もう一つ面白かったのは、誰かも書いていたのだが、王宮の舞台裏的な場面。家来や侍女、召使い達の様子や彼らの過ごす部屋、表への通路、と言った普段見られないシーンだ。まさに舞台裏とも言える華やかな宮殿の裏側。シドニーの目線が、豪華さとは対照的なその雑然とした世界の庶民の姿や目線とも違っているのであろうと思わせるあたりもまた彼女が非常に浮いた存在に感じられる点だったかもしれない。(2016/06/19)

2012年12月前半公開のチェック映画