キャリントン

Carrington 1995年 イギリス、フランス作品
監督:クリストファー・ハンプトン
出演:エマ・トンプソン(キャリントン役)、ジョナサン・プライス(リットン役)、スティーブン・ウォディントン(レイフ役)、ルーファス・シーウェル(マーク役)、サミュエル・ウェスト(ジェラルド役)、ペネロープ・ウェイトン、ジェレミー・ノーサム
原作:マイケル・ホルロイド


マイケル・ホルロイド原作のこの映画の主人公、エマ・トンプソンが演じるドーラ・キャリントンは20世紀初頭に実在した女流画家。公開当時、エマはドーラに実によく似せて演技していると評価されていたことを思い出します。

キャリントンは、画家としてはその作品が大変評価され注目されていましたが、髪を断髪にしてパンツをはき、内股のぶかっこうな歩き方をする女性で、彼女が唯一愛した男性リットンは有能な作家でしたが、髭面の冴えない中年男で、しかも同性愛者でした。『キャリントン』は、この不思議なカップルの出会いと別れを描いています。

少年のようなキャリントンを心憎からず思うリットンは、年下の男に惹かれながらも彼女と親しくなっていき、心身共に絶対結ばれないと知りつつもキャリントンはリットンへの思いを断ち切れず、ついにはレイフという男性を含めた3人での同居が始まります。リットンはレイフに惹かれ、レイフはキャリントンに求愛し、彼女はリットンのためにレイフと結婚するのです。もちろん、こんな共同生活の幸せは長続きするはずもなく、次第にぎくしゃくしてきます。

リットンの友情とも愛情ともつかぬ気持ちを受けながら、キャリントンは自分の女の部分を消化しきれずに次々と素敵な男性と恋をし、肉体関係を持つようになります。嵐のような恋。でもそれは彼女にとって真実じゃないし、まるでリットンへの当てつけのようでもあり、自分を痛めつけるようでもあり、一種狂気の沙汰のようでもあります。

何よりも大事で全身全霊で愛する男がゲイで自分を女として愛してくれないとしたら、2人の関係を続けていけるものでしょうか? 心の葛藤を抱き続けて生きていくのは地獄の苦しみかも知れない、そんな気がします。自分の女としての感情や欲望が満たされることは一生ないのです。けれど、彼女はボロボロになろうともリットンから離れようとはしません。それどころか、何としてでも側にいることを選んでしまうのです。 その結果、病死した彼のあとを追って自殺という形で自分の人生の幕を閉じます。

愛しすぎて/詩人の妻』のヴィヴィアンとは対照的です。すべてを賭けて愛する男と別れてもなお、より深く愛し続けることで自分を守ったヴィヴィアンと、リットンとともにあることが自分のすべてであったかのようなキャリントン。どちらの愛が正しいのかなんてことを論ずるのは無駄なこと。どちらも一途な思いは同じだから。
とはいうものの、こんな苦しい愛を選んだキャリントンは、やはりただの女ではなかったと感じます。「私だったら発狂ものだ」と見ていて苦しくて苦しくて言い様のない感情であふれてしまいました。尤も、私なら彼には惹かれませんけどね。(2000/02/26)

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