アルメイダ劇場日本公演観劇レポート 2000年10月

「コリオレイナス」(2000年10月28日)と
「リチャードⅡ世」(2000年10月29日)

1. ライナス・ローチが日本に来る?
2. 開演前
3. 「コリオレイナス」Coriolanus
4. 「リチャードⅡ世」 Ricard II
5. 興奮の舞台

アルメイダ劇場について
ロンドン北部のイズリントン地区に、イアン・マクダーミットとジョナサン・ケントを芸術監督に迎えて1990年に発足した。現在、英国でも注目を浴びている劇場だ。これまでも、日本でよく知られている俳優としては、「氷人来たる」でケビン・スペイシー、「ユダのキス」でリーアム・ニーソン、「ネイキッド」でジュリエット・ビノシュ、「プレンティ」でケイト・ブランシェットなどが出演。今回の「リチャードⅡ世」と「コリオレイナス」はアルメイダ劇場では小さいということでゲインズボロー・スタジオで行われた。ここはかつて「ヒッチコック劇場」も撮影されたという有名なスタジオ。この興業のあとは取り壊される予定とのことだ。

演出家 ジョナサン・ケント Jonathan Kent
英国で現在最も注目を集める演出家のひとり。南アフリカ生まれ。父、兄、従兄弟が建築家であり、ジョナサン自身はもとは画家である。のちに俳優となり、現在に至る。映画監督としてのオファーも数多いらしいが、しばらくは舞台に専念する様子。いつの日か、彼が演出した映画が観られる日を楽しみにしよう。
レイフ・ファインズ / ライナス・ローチ は、Starlight Cafe

1 ライナス・ローチが日本に来る?

この情報を教えてくれたのは、友人のYoshieさんだった。彼女は「Maru-b-fan」(2015年現在は「Studio Love it」になっています)という美男俳優のホームページを作っているが、ハンサムな俳優の話に花を咲かせている数年来の私の友人だ。彼女は今はホームページでデクスター・フレチャーとジェイソン・フレミングのコーナーを特別に設けているし、私は女性の生き方を描く映画を中心に取り上げているが、2人とも大のライナス・ローチファンである。きっかけはもちろん「司祭」だ。

「レイフ・ファインズの舞台が日本であるらしいよ。しかも、ライナスも共演だって」と彼女から聞いたのは、今年の7月。
「ええっ??? ライナス・ローチが来る?」
これを聞いて、もうその瞬間に高鳴る胸の鼓動が……。バクバク破裂しそうな心臓に頭は彼の顔で一杯。自分が妻であり、母であることなど、どこかに飛んでいた。
「行きたい。何とかして行きたい。もうこんなチャンスは人生で2度とないかもしれない」

おおげさにもそう思うと次は「行くしかない」という考えが広がり、ついに私は夫にお願いをした。この2つの舞台を観に行きたいよー、と。自分の両親にも話して子供をみててよーと頼んだ。しかし、案の定、両親は「馬鹿なこと言うな。母親がそんなことを言っていていいの?」と私を怒った。それでも夫が了解してくれたので(結構、理解ある人である。映画に関しては全くファンとは言えない人なのだが)、行くことに決めた。

チケットはYoshieさんが取ってくれた。感謝!である。しかも、10月28日の「コリオレイナス」は5列目。29日、千秋楽の「リチャードⅡ世」は13列目。本当にお手数をかけた彼女には感謝、感謝の一言に尽きる。
楽しみを待つ間は、早く来ないかという気持ちと、このワクワクを待つ時間が嬉しい気持ちとが複雑に交錯している。けれど、今回の私はそれだけではない。子供が病気になりはしないかという不安もあった。これまでにないほどの三つ巴の複雑な気持ちが、胃を苦しめた。無事に舞台を観に行けるのか? ドタキャンになるのか?

2 開演前

前日の金曜日は、まだヒヤヒヤものだったが、無事この日を迎えることが出来た。少々風邪気味のカオル君ではあったが、私は夫に任せて、いざ久々の赤坂へ! 本当に久々だ。何年ぶりかわからないほど。ちょっとだけ、この大都会へのお出かけがなかった2年間のブランクを心配した私だったが、ACTホールへたどり着くことが出来た。

Yoshieさんの言うとおり、誰にでもわかるほど目立つ建物だ。これなら、間違えようもない。これまた久々に再会した私達は、舞台鑑賞前のひとときにお互いのHPのことや映画の話で盛り上がった。私には実に楽しい時間だった。こんな時間は本当に本当に久しぶりなのだ。この2年間、あまりに日常の雑事に追われ、育児と格闘して、それ以前の自分とかけ離れてしまっていたことに少し淋しささえ覚えた。しかし、それも今は忘れてこの時を楽しもうと、あと数分後の舞台のこと、ライナスのことに思いを馳せ、12時30分前に劇場の入り口へ。

2列で入った劇場ロビー正面には、今回の舞台出演者のモノクロ写真パネルが飾ってあった。即座にライナスを探してしまう私達。やや髪を乱して写っている彼の顔は、これまで映画「司祭」、「鳩の翼」で観たライナスの印象とは違う荒々しさがある。折り目正しい紳士のイメージの彼の別の一面にドキッとさせられ、同時に「あーっ、この写真が欲しい!」という衝動にも駆られる私達2人。すっかりミーハーモードだ。

席に着く前にパンフレットを買って、日本語ガイドのイヤホーンを借りる。今回はこれが頼り。本当はそのまま英語が理解できれば、この舞台をもっと堪能できるのだろうけど、私の語学力では一言も理解出来ないだろうし、聞くことに集中しすぎては、『観る』という目的が果たされなくなってしまう。実際、このガイドは実に役立った。翻訳もわかりやすかったし、セリフのタイミングもよかった。

3 「コリオレイナス」 Coriolanus

トーリーは……
時は紀元前5世紀初め。所はローマ。貴族のケーアス・マーシャス(レイフ・ファインズ)は、軍人としての優れた資質を持つ男であったが、一般市民にはその傲慢な態度から受けが悪い。民衆は飢饉による生活の危機から議事堂に対して決起しようというと動き。その頃、ローマと敵対するヴォルサイ人が挙兵し、マーシャスは将軍たちと出陣した。そして、ヴォルサイ軍の将軍であり長年の宿敵タラス・オーフィディアス(ライナス・ローチ)とまたしても果敢なる戦いに挑み勝利する。この働きで「コリオレイナス」という新たな称号を得たマーシャスは喜びに満ちたローマに迎えられるのだが、それを快く思わない護民官もいて……

さて、感想は……
席は5列目の37番。座ってみると、想像していたよりかなり舞台に近い。舞台と一番目の列がものすごく近いのだ。これは持ってきたオペラグラスなど必要ない近さ。お目当てのライナスの出番はなかなか来ないものの、私達の席の側によく来てくれるレイフとの距離にはドキドキする。俳優の汗までが見えるのだ! これまでレイフにそれほどの魅力を感じていなかった私でも、彼の美しさにはため息が漏れる。やはり彼はハンサムなのだ。

そして、レイフの登場だけですっかり舞い上がっている私は、ライナスが現れるともう現実の自分なんてどこかに飛んでいた。よく子供のことが気になって十分に楽しめないという母親の声というのを耳にするけど、残念ながら(?)私はこの時、全くカオル君を忘れていた。既に俳優とともに舞台の中の人になってしまっていたのだ。でも、そのくらいライナスは素敵だったし、久しぶりの舞台は私に感動を与えてくれた。
さて、ミーハーモードになってしまったが、「コリオレイナス」の感想はというと、思っていたとおりのシェークスピア悲劇であった。とはいえ、主人公も敵役のオーフィディアスも共に気性の激しい男で、見所はたくさんある。

レイフ演じるコリオレイナスは民衆から理解されない(その態度から見ると仕方ないのか?)悲劇の英雄のようであるが、そこから冷徹な復讐の男になる激しさと、一方では母親離れしていないような脆さも持ち合わせている。それは、一途さと優しさとも取れる人間の多面的な部分を感じさせる。どの作品もそうだけれど、どんな登場人物も心底本当の悪人も善人もいないと思う。常に見えるのは片側だけだ。だから誤解を生むし、悲劇も起こる。もちろん、本人の性格によるのだろうけど……。レイフは、これまでの映画から、表面的には穏やかでも激しさを秘めているといった印象の役が多かったせいか、違和感がない。むしろこの役の激しさと舞台が終了したあとの彼の優しげな微笑みとのギャップが、私にはすごく新鮮だった。より一層、彼がうまい、と感じてしまった。

一方、ライナスの方は「司祭」とも「鳩の翼」とも違う激しい武将役。これには度肝を抜かれた。戦闘シーンもあるので、今まで持っていた彼のイメージを覆すものだった。日本では彼の映画があまり観られないので、知らなかっただけかもしれないけれど、舞台ならではなのかも、とも思ったし、またシェークスピア劇だからなのかも、とも感じた。今回は、ライナスはその面差しがレイフに似ているからということもあってキャスティングされたとのことだが、二人揃って観てみると納得できる。
それにしても、やはり素敵なのだ。とにかく彼に目は釘付け。映画を観て思っていたよりもライナスは少々小柄であったが、そんなことを気にさせないほどの存在感だった。

4 リチャードⅡ世 Ricard II

ストーリーは……
時は14世紀末。所はイングランド。リチャードⅡ世(レイフ・ファインズ)の統治下である。彼の叔父ランカスター公ゴーント(デビッド・バーク)の息子ヘリフォード公ボリングブルック(ライナス・ローチ)は、ノーフォーク公モーブレー(ポール・モリアリティ)が大逆罪を犯したと告訴し、モーブレーは無罪を主張していた。リチャードⅡ世は最終的に『ボリングブルックには10年の国外追放、モーブレーには永久追放』を言い渡す。そんな時、アイルランドで反乱が起きる。戦費捻出のために更に王の悪政に拍車がかかり、国民ならず貴族までからも反感を買うことに。そして、その貴族の反感は密かに挙兵を計画していたボリングブルックに加わるという形で表面かし、リチャードⅡ世に最大の危機が……。

さて、感想は……
リチャードⅡ世を演じるレイフ・ファインズこの公演では、俳優たちが地下鉄で劇場に通っているとか、ちょうど来日していたスティングがマチネーを見に来ていたとかいった話を聞いていた。それに、公演後に劇場の裏口で待っていれば、レイフやライナスに逢えるとも……。そして、この日、本当に地下鉄に乗ってやって来たライナスを私は幸いにも観ることが出来た。残念だったのは、その時私は駅出口そばにあるACTホールへの階段を上ったところにいたってこと。その上、雨!じゃなきゃ、急いで階段を下りていったのに! それよりもあと数本地下鉄を遅らせなかった自分の運の悪さ、間の悪さを悔やんだ。悔やんでもしょうがないけど。

少しウキウキ気分で入場。席は13列目の17番。昨日よりは後ろだけれど、それでもやはりオペラグラスなしでも十分。期待に心弾む。
「リチャードⅡ世」の方は、「コリオレイナス」よりもライナスの出番が多かった。もうそれだけで満足してしまう私はやはりただのミーハーファンなのか? 多分、今回の舞台では純粋にシェークスピア劇を観たいと来ている人もいただろうけど、ひたすらライナスのファンの私には、もう一回ずつ公演を観ないことには劇自体の本来の感想は書けそうにない、というのが本当のところかも知れない。

「リチャードⅡ世」と「コリオレイナス」。この対照的な劇をレイフとライナスがどう演じるのかということも今回の舞台では話題だったらしいが、全くその通りだった。昨日観たあの激しさ、荒々しさはどこへ行ったのか。レイフのリチャードⅡ世は、これまでの俳優が演じてきた悲劇の王という解釈だけではないという。そこに共演者のライナスも感服したと言っているが、純白の衣裳に身を包んだ高貴な王の悲劇は時に喜劇にも見える。「コリオレイナス」とは全く違う印象を与えつつ、まさしくすべてのことが表裏一体とでも言うかのように。このカップリングの妙は、意外なようで絶妙なのかも知れない。公演を観たあとにそう感じた私は、またしても自分の勉強不足を悔やんだ。この二作品をもっとよく読み込んでおくべきだったと。

まあ、そんなちょっとした後悔は残るものの、とにもかくにもライナスのファンである私には「生」で舞台を観ることが出来たそのことが嬉しくて、今年のベスト1の出来事であり、ラッキーだったのだ。このキャストで映画化すればいいのに、と観ている間中、そんなことを考えていた私であった。

5 興奮の舞台

今回は、本当に久しぶりの舞台で興奮もしたし、感激もした。やはり、舞台の魅力は何と言っても迫力。それに一体感。これは映画やビデオでは味わえないもの。俳優のひとつひとつの表情や細かい仕草が、現実味を帯びて見える。映像の中のかけ離れた存在ではなく、同じ空間にいることの、同じ時間を過ごすことの感激がある。舞台と客席は緊張感と期待に包まれ、その空気にお互いが共鳴する素晴らしさ! これを経験できることにも感謝しなくては! とも思う。

舞台では映画では気がつかなったことに気づく。それは、役者たちの姿勢。レイフもライナスも立ち姿が実に素晴らしい! 日本では歌舞伎役者がそうだ。彼らは普段は舞台に立っているけれど、例えばテレビの時代劇に出ると他の俳優と歴然と違って見える。ハンサムとかそうでないという容姿のせいではなく、彼らの立ち姿、その立ち居振る舞いのせいだ。時代劇はある部分、「型」でもあるから、これは大事なこと。背筋をぴんと伸ばし、すっきりと立てることは重要なのだ。レイフが側に来て立ち止まったとき、本当にそれを感じてしまった。なんて姿勢のいい人なんだろうと、その立ち姿に惚れたと言ってもいいかも知れない。ライナスもそうだ。だから、小柄だったことも気にならなかったのだろう。

さらに、二人とも「写真と実物が同じ!」。変な表現だけれど、よく映画で見たときや写真を見たときと実物が違ったふうに見える役者もいる。その場合、たいていがっかりという結果になるのだが、今回の二人は大当たり! 写真で見たそのまんま。本当にハンサムだし、素敵な人達だった。カーテンコールの時もファンからの花束や贈り物を本当に嬉しそうに受け取っていた。日本のファンへのサービスであることを差し引いても、やっぱり本当に嬉しかったのではないかと私は思う。ますます熱烈なファンになってしまうというもの。

また、来て欲しい、それは私だけじゃなく、この舞台を観たファン全員の願いではないかと思う。そしたら、私はまた何としても見に行くし、年甲斐もなくティーンの頃のようにミーハーになってしまうだろうと感じている。(2000/12/19:2019/04/17更新)

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