第9回 キャロル・ロンバート

Carole Lombard(1908-1942)  女優
飛行機事故で衝撃の死を遂げたソフィスティケーティッド・コメディエンヌ

 写真はちょっとマドンナに似ているけど、マドンナではありません。キャロル・ロンバード。彼女は「風と共に去りね」のレット・バトラー役で有名なクラーク・ゲーブルの妻としても知られていますね。
キャロルは最初『トム・ボーイ』(お転婆)と呼ばれていました。その愛称通り、男兄弟の中で育った彼女は原っぱを兄達と駆け回る活発な少女だったとのこと。両親が離婚して母と共にインディアナ州からハリウッドに移って来た時に、その美しさがエージェントの目に止まってデビューしました。ところがその美貌で売り出すはずが、自動車事故で頬に傷が残り、契約は破棄されてしまいます。

母は落胆しますが、キャロルはコメディ専門のプロダクションにエキストラとして登録し、張り切ります。子供時代のように生き生きとお茶目な彼女は画面の中で輝いていました。それがまた注目されて人気沸騰。喜劇女優からソフィスティケーティッド・コメディエンヌへと華麗に変身をします。けれど、彼女の気取りのない態度は変わりません。そこに恋したのはクラーク・ゲーブル。既婚の彼とキャロルの恋は不倫の関係でした。

当時のハリウッドはモラルに非常に厳しく、二人はひどく周囲に叩かれますが、『俳優』であることよりもお互いを選ぼうと決意し、最後のプレミアショーに連れ立って出かけました。そこで集まっていたファン達の中から拍手が起こり、それがきっかけとなって二人はハリウッドで認められることに。ゲーブルは妻と離婚が成立し、キャロルと結婚しました。

美人であること以上に機知に富み知性豊かで陽気なキャロルには、数々のユーモアエピソードがありますが、一番印象的な出来事はある女性がゲーブルの子供を身篭ったと彼を訴え、裁判を起こした時のこと。キャロルは周囲が止めるのを振り切って証言台に立ち、言ったのです。「彼がよその女を孕ませることなんて出来っこないわ。だってここ数ヶ月の間、彼はずっと私とベッドを共にしているんですから」

3年後、第二次世界大戦中、キャロルは『私の一番の友達』と言っていた母親と共に国債公募キャンペーンのためにインディアナポリスに出かけます。その帰り道、彼女達の乗った飛行機は折からの悪天候のために墜落。乗客の全員が死亡するという惨事になりました。キャロルの思いがけない、そしてあっけない最期でした。ゲーブルは妻の美しいプラチナブランドでその遺体を確認したということです。

キャロルは、きっと当時としてはずいぶんとサバサバした感じの女性だったのではないかと思います。男兄弟の中の女ということもあってか、男っぽい性格なのかもしれません。そこに私は惹かれます。迷いがないという感じがします。それは自信にもつながります。彼女の場合、美人だったから自信が持てたというよりも自分自身の中にひとつ筋の通ったものがあったと思えてならないのです。すっきりした生き方だととでもいうのでしょうか。あっけない最期も案外彼女らしく思えてしまいます。(2001-02-13)


キャロル・ロンバード 彼女の出演作品はたくさんあるので、ここではあえて述べません。ま、実は一本も観たことはないんですけど。キャロルは「自分に他の女優にない魅力があるとしたら、それは自分が映画を楽しんでいるからだ」と言っています。子供時代の兄達と遊んだ経験から、『遊び』を楽しむために男の子と女の子が協力し合うように、映画も人生も男と女が一緒に楽しむ心が大切なのだとも。まさにその通りじゃありませんか? あー、私、彼女と友達になりたい(なんておこがましいですね)。キャロルの死後、ショックのせいで失意の日々を送るゲーブルは、戦争に志願して自ら死ぬような行為を繰り返したとも言われています。 1976年、この二人を偲んで「面影」(「Gable & Lombard」ゲーブル役にジェームズ・ブローリン、キャロル役にジル・クレイバーグ)が製作されました。