2019年11月7日 もやもやと闘い続けるには

昨年はたったひとつしか書かなかったひとりごとが、今年もたったひとつになりそうです。もちろん、ひとりごとをつぶやくサイトではないので、それはそれでいいのかもしれませんが、ポツリと呟いてみたくなり、久しぶりに旧サイトの移行作業ではなく、つらつらと書いてみることにしました。
というのも、未だ打開できていない状況にへこみそう、という泣き言を誰かに聞いてほしかったりしたからかもしれません。

アルバイト探し、という内容のひとりごとを旧サイトの場で6年前につぶやきました。この新サイト内にも一応掲載しています。あれから、なんとか近所の契約社員の仕事が決まり、契約が終わったらまた別の契約の仕事を見つけ、と途中、間が空きながらも仕事はちょこちょこ続けてきました。その間に世間や政治の情勢も、家族の状況も、そして自分自身の体調もあの頃とは違うものになりました。

いろんな意味で、そしてどれもがよくなった、と言いたいけれど、そうは問屋が卸さないって感じなのが、きっと人生なのですよね。いや、そう思わないと泣きそう。
この6年の間に、私は思いもかけず他人事と思っていた完治できない難病を発症することとなってしまいました。病院と薬が日常に入り込み、今もってこの現実と向き合うことができない。

少し前にNHKで「キャシーのbig Cーいま私にできることー」という海外ドラマが放送されていました。ローラ・リニーが主演で夫役にオリヴァー・プラット。ヒロインのキャシーが末期がん(皮膚がんのメラノーマ)とわかり、その後の家族の生活を描いた作品です。NHKでの放送は第2シーズンで終わってしまい、ドラマの最後がどうだったのか、私は観ていないのでわかりませんが、最初のころは病気が分かったキャシーが周囲から勧められる患者の会への参加をひたすら拒むシーンが何度かあって、観ていた私には理解できませんでした。一人で悩んだり、他の人にあたったりするより、苦しみを理解できる人と友達になった方がいいのに、と思っていたのです。

でも自分が同じ立場になった今、その気持ちは浅はかだったと感じています。人が思うより心は単純ではない、そのことに気づいたから。入会してみないとわからない活動内容ですが、一歩が踏み出せないのは多分あらゆる面で認められない自分の現状のせい。なかなか外見からは「病気」が見えにくいせいで、人からわかってもらうことは難しい場面に何度も直面しました。医師からも「周囲に理解してもらうのは無理。自分のできることを減らさないようにするしかない」と言われ、病気に甘えるつもりではないけど、頑張っている人にもっともっと死ぬほど頑張れと声をかけるような、そんな気持ちに日々なっている。

患者の会に入会すれば、少なくともお互いの思いや不安を口にしてもやもやの出口はあるのかもしれない、と思うのですが、一方的なおしらせが届くだけという不安も残る。仕事をしながら、会のイベントに参加することは可能なのか、とか。ま、入会してみればわかることなんですが、キャシー同様に行動できない自分。

どのくらい頑張れは終わるのか、まさに死ぬまで頑張り続けるしかないのか。病気のせいだけではないと思うけど、フルタイムの仕事に変えようと思っていたものの、通院をやめることができないことや夜には何もできないほど疲れすぎてソファで寝てしまう毎日にむなしさを感じてしまいました。家族にも理解できないものを他人に説明してわかってもらうことなんて出来るわけもない。さて、どうしたものか、と考えています。

で、やはり行きついたのは、好きなことやるしかないよね~ということでした。ないないづくしではある。かつて、子供を預けるところがないなら採用できない、採用が決まらないから保育園に預けられない、の堂々巡りで再就職活動をしていた時と同じ堂々巡りは続くけど、キャシーほど差し迫った命の時間ではないにせよ、限りはあるのだと思えば、「頑張る」ことの意味も違ってくるはず。そう思いながら、また就職活動をしているのでした。

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